東日本大震災から15年が過ぎました。
3月11日に発生した大災害の1か月後に亡くなった父です。
これからも毎年震災のことが報道されると思うので
何年に亡くなったとか、
忘れることは絶対にないと思います。
心配ばかりかけて
親孝行らしいことは何一つできなかったし、
父はいつも裏切られた・と思っていたことでしょう。
認知症が進行してグループホームに入居していた時のことは
短い期間でしたが
エキサイトブログにアップしてあります。
今でも削除されることなく
時々読み返すことができるのはありがたいことです。
このグループホームに入居していたときには、
近くに住んでいて、車もある私が
施設からの呼び出しに対応するようになっていました。
財布が無くなったとか、
他の部屋に入って行ってしまったとか
いろんなことで呼び出されました。
父が女性スタッフに手をあげたこともありました。
駆け付けたときに男性スタッフに押さえつけられていた父を、
なだめながら自室へ連れて行き
噛み合わないけどじっくり話を聞いたあと、
パジャマに着替えさせて
まるで子供を寝かしつけるようにベッドに寝かせてから
電気を消して帰ったこともありました。
あの父を寝かしつけるなんて・
最後には ”気をつけて帰れよ・”と言ってくれる父でしたが、
この時もはっきりと言ってくれました。
満足に会話はできませんでしたが
少しだけ親孝行ができたのかもしれないと思っています。
長兄が住む実家の仏壇に5歳で亡くなった孫の
法名を書いた小さな木の札が供えてあります。
プチ法名札です。
プチ戒名札は父の筆字で書いてあるのですが、
その字もまた懐かしくいつも感激してしまいます。
孫を想って作ったこの小さな札ですが、
祖父としての無念・悲しさを思い起こさせるものです。
それにしてもこのプチ戒名札・
生前に見ることがなかったのが不思議です。
経台の引き出しにあったと兄は言いますが、
なぜ仏壇の表に出さずにずっとそんなところに・
当時の父の心の奥がわかりません。
